インプラントレスキュー

せっかく勇気と費用をはらってインプラントをいれたのに、よくかめないという例です。

やや長くはなりますが、Aさんの話に耳を傾けてください。

運悪く、日曜日に左上奥歯が痛くなってしまいました。ネットで調べ、近くで日曜日もやっている歯科クリニックPを受診しました。特に問題のある女の先生とも思われなかったし、むしろ同性ということで、なんとなく安心感すら感じました。Aさんの左上の奥歯は抜く以外ないと言われれば、しかたがないと思い抜きました。インプラントをすすめられたので、インプラントを2本うえることにしました。実は以前他院で上の前歯にインプラントをいれた経験があるのと、この歯科クリニックPはHP上でさかんにインプラントを宣伝していたので、まあ大丈夫だろうと思っていました。インプラントを植えた後、インプラントの手前の歯も抜く以外ないということになり、抜きました。その際、抜歯操作で、その手前の歯(第一小臼歯)がぐらついたように思いました。左でかめなくなったので、インプラントに冠をかぶせようということになりました。セラミック冠を入れることになったのですが、2回やり直すことになってしまいました。2回目に作ったセラミック冠をいれた段階で、歯科クリニックPはもうやめようと決意したのでした。約1年の月日がながれていました。

実は当時、Aさんはすでにガンが再発し、肺にも転移していました。つらい抗ガン治療で体調のすぐれない時もまじめに来院したそうです。しかしその結果、前歯はうごくようになったし、左上の小臼歯は咬むと痛い。きっとこの歯もだめだろう。それにしても歯医者はイヤダ、いまいましいと思ったことでしょう。当然ながら、初診時のAさんの表情には、不安と猜疑があふれていました。上の写真は当クリニックの初診時のものです。

この治療の問題点を私なりに指摘してみたいと思います。まず第一に

①治療方針がちゃんとあるの?

抜歯する以外に手がない歯は、抜歯されなければなりません。しかしインプラントが植えられた後で、他の歯も抜歯しなければならないというのは、合理的な治療方針からすると、順序が逆なように思います。いきあたりばったりの治療では、患者さんは不安をいだきます。治療方針がころころかわったのでは、この舟にのっていて目的地に着くのか心配になってきたとしても当然のことでしょう。

②インプラントの位置は適切ですか?

2本のインプラントが重なっているのではと疑ってしまうほど近接しています。もっと間隔をとった位置どりができなかったのでしようか。欠損の大きさから考えても当然のことのように思います。ではなぜそのようにならなかったのでしょうか?それは、その部分には、インプラントを支える骨量がないからです。上顎洞が垂れ下がっておりインプラントを支える骨量はせいぜい2ミリ程しかありません。そこで、骨のある部位に、インプラントをななめに傾け2本埋入したのでしょう。しかしこのような考え方は、現在では誤りです。

サイナスリフトという手術法を用い、うえたい場所に最も適切な方向に十分に深くインプラントを埋入すべきです。ただ、サイナスリフトは熟練度の高い術式なので、インプラントと看板やHPで書いてあったとして、本当にできるかどうかは疑問でしょう。歯科クリニックPの先生は自分がいれれる所にインプラントをいれただけで、いれるべき所にいれれなかったということになります。

③補綴治療(冠をつくってかめるようにする治療)がわかっていますか?

初診時の模型を見てください。

歯は対合する歯にしっかりとあたってこそ、歯たりえます。インプラントにかぶせたセラミック冠は、下の歯とあたっていません。間隙があります。つまり、セラミック冠を入れた後でも、Aさんは左側ではかめていなかったのです。左でかめないことが、過大な負担が前歯にかかるようになり、上の前歯が動くようになったと考えられます。

なぜ、かまないセラミック冠しか作れなかったのでしょうか?

それは、2本のインプラントの空間的位置がねじれの位置にあるためです。ねじれの位置にあるインプラントを削合し、平行な軸面をつくらないかぎり、精度の良い冠を作ることはできません。ところがその作業が難しい。そのため技工士さんはユルユルの冠を作ったのでしょう。そんなユルユルの冠ですらうまく入らないため、術者は少し内面をくりぬいて、インプラントに入れたらかみあわせが低くなってしまったのではないかと想像します。現にこのセラミック冠は実に簡単にはずれました。

当クリニックでは、約3か月をかけ次のように「レスキュー」しました。

Aさんはかめるようになり、これで本来のガン治療にも積極的にとりくむことができるようになりました。

ガンなんだから、歯なんてどうでもいいじゃないかと思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、私は今まで、5人のガン告知患者さんにインプラント治療を行い、咬合回復をはかった経験をもっています。その方たちはみなさん、食事のトラブルがなくて良かったとおっしゃっています。「どうでもいい」と思えない方々だけが、このような積極的な治療を行えばいいことで、そう思われる方々には少なくとも、かむことの幸福感をあたえなければならないと考えています。

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